何も無い人生だっていいでもお話しておりますが、私たち人間は、本当は明日、いえ今日死んだっておかしくないような毎日を生きてるはずなのに、何故か実感を持つことができません。

この先も、半永久的に生き続けることが当たり前と思いながら毎日を生きてるような気さえします。

老後まで生きることを前提として、老後に不安を抱く。

老後どころか、今日死ぬことだってあるかもしれないのに・・。

自分が死ぬことなんて考えもせず、頭の中に常にあるのは、お金の悩みや、周りの人間関係の悩みばかり。。

それこそ死んでしまえば、どうでもいいようなことばかりかもしれません。

死だけは経験できない

生きてるうちは、あなたが望みさえすれば、どんなことでも経験できるかもしれません。

でも、死だけは経験できませんよね。。

よく、死んだ後の世界や死んだどうなるとかの話を聞くことがありますが、実際に自分で体験することはできません。

できるとしたら、それは本当に死ぬ時でしょう。

たまに事故や病気など、本当に死ぬような経験をしたことがきっかけで、ものすごく人生観が代わり生き方そのものが変化する人がいるそうですが、そのために事故に遭おうとしたり大きな病気をしようとするわけにもいきません。

その方だって、事故に遭ったり病気になりたくてなったわけではないのです。

なので、死はもちろん、本当に死そのものを意識できるような機会を作り出すことは、難しいと考えています。

本を読んだり、年配の方など人生経験豊かな人の話を聞くことでそれを実感できることもありますが、どうしても実体験には及ばないので、参考程度になってしまうのかもしれません。

なので、その時は死を意識することができても、時間が経つと、忘れてしまうのです。

スポンサーリンク

今日死ぬかもしれない

今日死なない保障なんて全く無いのに、それでも「今日死ぬかもしれない」と思って今日という1日を大事に生きられる人はどれほどいるでしょうか。

恐らく、ほとんどいないと思います。

何故か私たちは、今日も、明日も、1ヶ月後も、1年後も、普通に生きてると思ってます。

死んでしまったら何もかも終わりのはずなのに、今生きてることに感謝の気持ちすら持とうとせず、お金の心配や将来の不安でいっぱいな毎日を、自ら選び取って生きているのです。

未来など、来るかもわからないのに。

未来に対して必要以上に不安を抱くことは不毛かもしれない

前もって備えをしておくことは重要です。

重要ですが、それはあくまで備えの範囲であって、必要以上に不安や恐れを抱くのは、よくないでしょう。

それでも考えてしまうのが人間ですが、そもそもそんな未来が本当に来るのか、わかったもんじゃないのです。

それこそ取り越し苦労に終わることが、ほとんどかもしれません。

出たとこ勝負・・はいささか不安なので、ある程度の備えや心の準備ができたら、もうあとは考えず、それこそ天に任せてしまうような気持ちでいてもいいかもしれません。

必要以上の不安や恐れは、あなたを不幸にすることはあっても、幸せにはしないでしょう。

”今”を生きましょう

繰り返しますが、あなたが今生きてる、今日という1日は、当たり前のものではないのです。

本当は昨日死んでいたかもしれないのです。

そして、今日という1日は、あなたの人生であり時間であり命そのものなのです。

未来ではなく、今日という日、今という瞬間を生きるのです。

幸せ・・とまではいかなくても、穏やかに生きられればそれで良いと思います。

今が穏やかなら、今日は1日穏やかでいられるかもしれません。

今日が穏やかなら、明日も穏やかでいられるかもしれません。

それがずっと続いていくと、過去に不安で仕方なかった未来も、穏やかでいられるかもしれません。

未来とは、今この瞬間の延長線上に過ぎません。

何が起こるかわかりませんが、少なくとも、今を幸せに生きていないのに、未来が幸せであるはずがないのです。