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人の心を独占したかった

中学の頃、同じクラスの子といつも一緒にいたいと思ってました。

その子が他の子と仲良くしているのがすごく嫌でした。

自分だけの友達、いつも一緒にいる友達が欲しかったのです。

とても自分勝手で傲慢でしたが、毎日イライラしていたと思います。

思い通りにいかないと、家族に八つ当たりしたり、ずっと不貞腐れていました。^^;

急に人が怖くなった

思春期だったからでしょうか。

高校生になると、今度は周囲の人間が怖くなりました。

みんな自分の前では普通に優しく接してくれるけど、私のいない所ではきっと私の悪口を言っている。

実際に何度もそのような場面に出くわしたことがあり、私は人が怖くなりました。

表向きでは適当に取り繕って、「どうせ卒業したら接点なくなるし、別にいいや。」という気持ちで毎日過ごしていました。

そんな適当な気持ちは私をずいぶんラクにしてくれていました。

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もう無理だと思ってしまった

大学生になって、お付き合いを始めた人がいました。

とても優しい人で、価値観も似ていて、7年ほど付き合いました。

最初の頃はドキドキしたりワクワクしたりすることも多く、非常に楽しい時間を過ごしました。

しかし時が経つと共にそのような感情も無くなっていきました。

それどころかお互いのお互いに対する気持ちが明らかに変化していったように思います。

これは私の勝手な感情に過ぎませんが、私に対する愛情のようなものが全く感じられなくなりました。

非常に傲慢かつ自分のことしか考えていない、自分勝手な意見ではありますが、大切にしてもらえないような感覚を持つようになってしまったのです。

一番のきっかけは、私が事故にあった時、側にいたのに何もせず突っ立っていたことです。

しかも少し距離を置いて。

何も手助けしてくれることもなく、ずっと携帯をいじっていました。

後で聞いたら、「第三者の自分が口を挟むとマズいと思ったから何も言わなかった。」と言われました。

その時を境に、表向きでは平静を装いつつも、私は心のどこかで人を信じられなくなったように思います。

その方には非常にお世話になりました。
精神的にも、金銭的にも。
とても長い時間を過ごしました。

ですからそのような些細なことがあっても、信じたいと思い込んでいました。
この先ずっと一緒にいるなら、こんなことで挫けてはいけないと。

でもやっぱり、ダメでした。

人の心はコントロールできません。
変えられるのは、自分の心だけ。

人は皆、表と裏の顔は違うもの。
だからそんなに気にする必要もないし、もっと気ラクにやっていけばよい。

囚われることは無い。

人の心は、移ろい易いものです。

私が勝手に「この人とは永遠に信頼し合うことができる」と思っていても、相手もそうだとは限りません。

最初はそうであっても、ずっとそのままで居てくれるとは限らない。

自分の思っていたような反応が返ってこなかった時の、あの気持ち。

私が勝手に相手に期待していただけなのに、ただのエゴの塊に過ぎないのに、それでも裏切られたと思ってしまう、あの気持ち。

とても耐えられなくなりました。

それから私は、次第に人と少し距離を置いて接するようになりました。

感じの悪い言い方ですが、「この人とは、今は仲良くやってるけど、それは今だけで、どうせいつか疎遠になるだろう。」

だって人の心はいつまでも同じじゃないから。
変わるから。

私の心だってそうです。
いろいろなものを見て、感じて、変化する。

「この人は今は私を好いてくれているようだけど、この先もずっとそうだとは限らない。」

そのような考え方をするようになってしまいました。

相手にばかり期待をし、求めすぎ、自分を顧みなかった代償のように思いました。

最初から付き合ない方がいい

私はいつも与えてもらってばかりで、人に与えることをしませんでした。

自分では一生懸命尽くしていたつもりでしたが、そうではなかったのです。

交友関係や恋愛関係において、私は他人に依存する、依存体質だったのでしょう。

相手からしたら厄介な存在だったと思います。^^;

今は仲良くしてくれてるけど、この先もずっとそうだとは限らない。

今は私のことを好いてくれているようだけど、そんな気持ちも最初だけで、だんだん無くなっていくだろう。

当たり前、当然のことですが、これが私には辛かったのです。

友人恋人問わず、そんなことになるのがわかってるなら、最初から付き合わない方が良いと思ってしまうのです。

友情から信頼へ。
愛情から絆へ。

そのような関係に変化させていくことも可能なのかもしれません。

心のどこかでそのような関係に憧れを抱きつつ、恐れを抱いていました。

好きでいてもいい

しかし私は思いました。

確かに私はどうしようもないワガママで、エゴの塊で、相手に期待して求めてばかりいる厄介で嫌われものの依存体質です。

人に愛想を尽かされるのが辛くて、嫌われるのが怖くて、それなら最初から付き合わない方がいいと逃げてしまうような人間です。

けれどそれでも私は、人を好きでいることはできるのです。

他人の心はコントロールできません。
変えられるのは、自分だけです。

他人が私のことをどのように思うか、それは相手の勝手なのです。

でも私が他人のことをどのように思いたいかは、私が勝手に決めても良いのです。

つまり私は他人が私のことをどのように思っているかに拘らず、その人のことが好きなら好きでいいし、信じたいなら信じていても良いのです。

ただその気持ちが相手に期待したり求めたりしてしまうような、相手の負担になるような性質のものであってはいけません。

むしろ与えるものであった方が良いですし、見返りを求めるようなこともしないのです。

好きなら好きでいていいし、信じたければ信じていても良いのです。

でも期待はしないこと。

こちらから相手に与えることはあっても、見返りを求めたりはしないこと。

これが今の私の状態です。

このような考え方をするようになってから、私の人生はだいぶ変わったと思います。

まず他人に対してアレコレ思い悩むようなことが無くなりました。
面倒だと思う人間関係は普通にありますが、いちいち囚われることが無くなりました。
他人の心はコントロールできないことを知っているからです。
相手が私のことをどのように思おうが、それは相手の勝手なのです。

人間関係のアレコレに囚われなくなると、自然と私の気持ちは自分自身に向かうようになりました。

今の私には、一体なにができるのか。
この先、どんな風に人生を生きていきたいのか。

そのようなことをぼんやり考えるようになりました。

このブログもその一環ではありますが、自分の思っていることや物事に対する信念のようなものを書き並べることによって自分の気持ちを整理しつつ、傲慢ではありますがその上で誰かの役に立てることができたらいいなと思いながら記事を書いています。

そしてその結果、私は好きなことを仕事にし、信頼できる仲間と巡り合うことができました。

また自分の書いた記事でお礼の言葉を頂ける機会にも恵まれ、実はそれが一番嬉しくて、毎回涙腺が崩壊する勢いです。^^;

もちろんこの先のことはわかりません。
わかりませんが、私は今この瞬間を楽しみたいと思っています。

これがずっと続けばいいなと思うこともありますが、それこそ人生ですので良い時もあれば悪い時もあるでしょう。

囚われることはないのです。

もうこれ以上、自分を苦しめる必要もないのです。